大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和34年(行ナ)19号 判決 1965年2月18日

原告 イーヴイジー、エントウイツクルングス、ウント フエルウエルツングスゲゼルシヤフト、エム、ビー、エイチ

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

原告のため、本判決に対する上訴の附加期間を三ケ月と定める。

事実

第一、双方の申立

原告訴訟代理人は「昭和二九年抗告審判第一、三六〇号事件について特許庁が昭和三三年一二月一日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

第二、請求原因

原告は本訴請求の原因及び被告の主張に対する反論として次の通り述べた。

一、原告は一、九五三年二月一九日訴外ウイルヘルム、ボイエル、同クノー、アイゼンブルゲル、同ウオルター、フーフナーグル及び同ヨセフ、リツターから、同人らの発明にかかる「鉄筋コンクリートの補強鋼材」に関する発明につき、日本国において特許を受ける権利を譲受け、昭和二八年四月二〇日特許庁に対しその特許の出願(昭和二八年特許願第七、〇四八号)をした。そしてこの特許願は、一、九五二年四月二五日にオーストリヤ国にした特許出願及び一、九五三年二月一〇日に同国にした特許出願に基く優先権を主張してしたものであつた。ところが特許庁は、右出願に対し、昭和二九年一月一四日にその拒絶査定をしたので、原告は同年七月八日これに対する抗告審判の請求(昭和二九年抗告審判第一、三六〇号)をしたが、特許庁は昭和三三年六月一二日附で原告に対し新たに拒絶理由の通知をした上で、同年一二月一日原告の抗告審判の請求は成立たない旨の審決をし、その審決書の謄本は同月二〇日原告の代理人に送達され、右審決に対する出訴期間は特許庁長官の職権によつて昭和三四年五月一九日まで延長せられた。

二、原告出願にかかる本件発明の要旨は、昭和三三年一一月一三日附の訂正書によつて明らかなように、「棒の間の空間へコンクリートの自由なる入り込みを許すべく充分な距離において互に平行して配置された比較的高度の産出度の鋼鉄より成る二本の縦棒及び該棒の間の距離を超えて所々に該二本の縦棒の中間並びに、その縦棒に対し正常に取り付けられた横の空間片、即ち縦棒の軸に対し正常な平面、即ち周囲のコンクリートの支えとなり且つ固定手段となる平面を有する該空間片を特徴とする結合された補強コンクリート構造用の補強鋼棒」である。

三、抗告審判の審決は、原告の発明を「棒の間の空間へコンクリートの自由な入り込みを許すような充分な距離において互に平行して配置された比較的高度の産出度の鋼鉄より成る二本の縦棒間の距離を超えて所々にこの二本の縦棒に正常に取り付けられた空間片よりなり、この空間片は周囲のコンクリートの支えとなり且つ固定手段となる平面を有することを特徴とする結合された補強コンクリート構造用の補強鋼棒」にあるものと認めた上、これを前者とし、引用例である特許第二六、九九〇号明細書に記載されたコンクリート構造用の補強鉄筋を後者として、両者を比較し、両者は「コンクリートが自由にはいりこめるような充分な間隔をもつて互に平行する比較的高度の産出度の鋼鉄よりなる二本の縦棒と、これらの棒の間に亘つて所々に各縦棒に移動しないように定着された空間片を設けたコンクリート構造用の補強鉄筋」の構想において一致し、ただ空間片のコンクリートの支え面となり固定面となる平面が、前者は比較的広く後者は狭い相違が認められるが、そのような相違は必要に応じ適宜変更できる設計的微差にすぎないものと認められるから、後者が前者の出願前公知である以上、前者は後者に基き敢えて発明力を要しないで当業者の容易に想倒できるところと認められ、従つて前者即ち本願の発明は旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第一条に規定する特許要件を具備しないものとするというのである。

四、しかし右審決は次の理由によつて違法であつて、取消を免れない。

(一)、原審決の引用例である特許第二六、九九〇号明細書(甲第一四号証)は広い意味で本願のものと同様にコンクリート構造物の補強に関することを取り扱つているものとはいえ、右引用例のものは、本願発明の要旨としてその特許請求の範囲に記載した具体的な構成を示しておらず、また取り扱つてもいないものである。

元来鉄筋コンクリート補強構造において必要なことは、鋼棒とコンクリートとがよく固着して、コンクリートにかかつた力は鋼棒に伝わり、また逆に鋼棒にかかつた力はよくコンクリートに伝わることである。鋼棒とコンクリートとがよく密着固定して互にずれないために本発明においてはその明細書に添付した図面第一図及び第二図の結合片(2)並びに別紙参考図第五図の固定片(12)に示したように鋼棒に対して結合部材を熔接したのである。

そもそも鉄筋コンクリート用の補強棒の発展の段階は、細くても大きい力に耐え得るような鉄筋を用いることによつて、必要な鋼鉄の総量を減らすことを目標としている。

棒にかかる力を考えると、鋼鉄とコンクリートの確実な固着によつて、この力が鋼鉄からコンクリートに伝えられ、あるいはその逆にコンクリートにかかる力が鋼鉄に伝えられるならば、この鉄筋コンクリートが外力に対する抵抗の性能は確実なものである。

鉄筋コンクリートの最も初期のものは参考図の第一図のようなものである。このような棒がコンクリートの補強に用いられ、引張りの力を受けると、棒は長さが伸びるとともに大さは細くなる。鋼鉄の最大応力が一、四〇〇kg/cm2位までの間はその伸びが問題となるほど大きくないので、コンクリート鋼鉄との結合力は十分であるが、この程度以上の応力になると伸びも次第に大きくなるので、鋼鉄とコンクリートとの間の結合力が次第に不確実となる恐れを生じる。参考図第二図及び第三図に示したものでは、コンクリートは螺旋状の面、すなわち斜面によつて支えられているので、その斜面に沿う力、すなわち斜分力を生じてコンクリートは鋼棒に対して捩られる作用を生ずるので不都合である。参考図第四図のものでは横骨(7)でコンクリートにかかる力を支えることができる。そして鋼鉄の応力が二、〇〇〇kg/cm2位までは横骨(7)の面積を左程大きくしなくともこの力を支えられるが、それ以上の応力を生ずるような力を支えようとすると、横骨(7)の面積及び厚さをかなり増す必要がある。しかし、横骨(7)の面積が補強棒(6)の断面積に比べて相当大きいような棒の製造は、例えば圧延によるとしても、製造技術上かなりむつかしくなる。また補強要素を高級鋼鉄で作る場合には、横骨(7)の面積を大きくすると、例えば補強棒(6)と横骨(7)との境界附近に品質的に弱い部分を生じ易く、また横骨(7)を曲げるような力が作用した場合に、この境界部分から破損する可能性が大きくなるとともに、横骨(7)の周固にコンクリートが十分密着しない部分を生じ易いのである。

一般に冷間線引方法によつて造つた鋼棒は熱間圧延方法によつて造つた鋼棒よりも表面がずつと滑らかであるから、前者の鋼棒を、例えば参考図第一図または第三図に示したような形で用いると、コンクリートと鋼棒との接着力が弱いので実用に向かない。しかしこれを参考図第五図すなわち本願発明による補強要素のようにすれば、固定片(12)によつてコンクリートと鋼棒とが互にずれることを防ぐから、両者の接触面の接着力はさして大きくなくとも何等の支障を来さず補強鋼材とコンクリートとの固着は確実となる。それ故に従来用いられていたような特別な固着装置、例えば端部鈎などは不必要である。

別紙参考図の第一図から第四図までのものは、実際において関連既知発明における最も重大な発展段階を示し、本願発明による補強要素は第一図から第四図に示された棒状要素の代りに一本の簡単な棒状のものを取り扱わんとするものであつて、これを換言すれば、本願発明による補強装置は、一つの要素が圧縮区域に延び、他の要素が引張り区域に延びるというような状態で間隔をおいて設けられた要素を有する大梁やその類似物と比較すべきものではない。

このことを念頭に入れて考えると、コンクリートに対する完全に安全な定着及び、たとえコンクリートに対する粘着力が鋼鉄の引張り応力に基く横収縮によつて弱められても、コンクリートと鋼鉄との間の信頼し得る力の伝達が確保され、しかも取り扱いに困難がなく、また特に高級な状態、すなわち高い降伏点を持つような状態で、安価に冷間線引によつて製造することができる新規な補強要素を提供することが本発明の目的の一つである(参考図の第一図から第四図までの補強要素は、加熱圧搾または加熱圧延によつてのみ作られ、且つ、それ故に経費の高い比較的多量の合金成分によつてのみ高い降伏点が得られるのである)。

そして本願発明の他の目的は高い降伏点と良好な熔接性能とを併せ持つような熔接鋼鉄補強物を提供することである。

(二)、上記の目的を達成するために本発明による補強要素、すなわち参考図第五図に示されたものは、次に示すように先行技術のものとは相違する。

(A)、要素としては、特に冷間線引され、高い降伏点(すなわち四、〇〇〇kg/cm2)を持つ二本の平行棒(11a)(11b)から成立している。右に述べたように、そのような特に滑らかな冷間線引き棒のコンクリート中における十分安定な定着は可能でなく、従つて増加応力は鋼鉄からコンクリートへ伝達されないという事実に鑑み、今まで補強コンクリート用にこのような材料を用いることはできなかつた。

(B)、単一な補強要素を形成する二本の平行棒(11a)(11b)は共に横に分離されたまま固定片(12)によつて互に二〇ないし三〇ミリメートル隔てて連結あれ、コンクリートが棒間の空間の中へ抑制されることなく入ることを許し、その結果コンクリートは完全に固定片を囲うこともできるし、横固定片が支えられるところの隣接固定片の間に厚い橋を形成することもできるのである。

このような補強要素がコンクリートの中に埋設され引張応力のみを受けている場合には、接触コンクリートの鋼鉄表面の間の粘着力は、横固定片とコンクリート橋によつて形成される定着がそのままの状態になつているために除去される。その定着は極めて強固であるから、補強要素の端部において従来必要とされ、主として端部鈎を具えていた支持台を省くことができる。

(C)、本固定片は縦棒に対して直角に取付けられ、なるべくその支持面は平坦にしてあるので、埋設後如何なる相当程度の斜方向の力をも避けるようにしてある。固定片はその両端において鋼棒に熔接され強固な橋を形成しているから、一端においてのみ補強要素に接合されている骨柱或いは突起物よりも特に一層強固である。

(D)、縦棒と横間隔片即ち固定片との間の完全な熔接接合を達成するためには、後者は前者よりも軟質の鋼鉄で作られるのである。

既に述べたように縦棒は冷間線引によつて造られるのが好ましく、それらの高い降伏点は炭素とマンガンのような合金成分の相当多量の含有量によるものである。固定片は右の成分を相当小量以上に含有させてはならない。

(三)、本発明を最も適確に特徴ずけるために、抗告審判において明細書記載の特許請求の範囲を次のように訂正した。

「棒の間の空間へコンクリートの自由なる入り込みを許すべく十分な距離において互に平行して配置された比較的高度の産出度の鋼鉄より成る二本の縦棒及び該棒の間の距離を超えて所々に該二本の縦棒の中間並びに、その縦棒に対し正常に取付けられた横の空間片、即ち縦棒の軸に対し正常なる平面、即ち周固のコンクリートの支えとなり且つ固定手段となる平面を有する該空間片を特徴とする結合されたる補強コンクリート構造用の補強鋼棒」と。

この特許請求範囲の記載は、文章の表現に多少不適当なところがあるので、ここで少し説明を加える。

(A)、「比較的高度の産出度の鋼鉄」とあるのは「比較的高い降伏点を持つ鋼鉄」の意味である。この点に関しては、本件に関する特許出願の当初の明細書中の特許請求の範囲に記載されている「……大きい弾性限界を有する鋼……」という字句を参照すれば十分了解できることである。鋼の引張り試験をすると、初めの間は応力と延びが比例する。この範囲の上限を弾性限界という。そして弾性限界を超えて更に引張り力を加えると、僅かの応力の増加に対して急激に伸びが増して来る。この点を降伏点という。従つて鋼においては、弾性限界と降伏点とは多少の相違はあるが、大体同程度の値をもつものである。

(B)、「該棒の間の距離を超えて」というのは、相隣れる横の固定片間の距離が、二本の縦棒間の距離よりも大きいという意味である。

(C)、「正常に」及び「正常なる」というのは「直交して」及び「直交する」という意味である。

(四)、引用例が本発明と関係のないことは既に前記するところから明白と考えられるが、更に右引用例について詳細に検討してみたい。

(A)、引用例である特許第二六、九九〇号は三角形の断面を有する棒から成る補強構造に関するものであつて、その参考とするところは、適当な位置において数本の棒を保持するという問題に関するものである。そしてこれらの各々の棒の一つは既述の別紙参考図の第一図から第五図までに示された棒状の補強要素に等しいものであり、引証事項として明らかにされた要素のコンクリート中における粘着力を増加する唯一の手段は、コンクリートの中に入り込みを許すべく棒(引用例の特許明細書添付図面の第四図から第六図までに示されるような)に孔を設けるということであつて、引証事項に示されるような孔を設けることは、如何なる手段によつても高い降伏点を持つ鋼鉄の使用を許すに十分な固定力を保証するものでないことは、これらの説明紹介によつて明白である。特に右引用例明細書の第四図ないし第六図に示された中空棒の穴に入るコンクリートは、この穴をぴつたりと詰めないので、要素が応力を受けるや否や、すぐに穴の面にひびを作るであろう。実際に引用例の明細書で明らかにされた要素は軟鋼でできいる。

(B)、また右引例は、棒を適正な位置に保持する帯によつてそれらの棒を結合するという問題を取り扱つているものである。そしてこの目的のために各々の棒には、話が棒に対して移動することを防止するための数多の環状突出部を具えており、この帯は棒の周りを緩く巻き、棒の軸方向の移動に対して棒を固定する(棒の軸方向の移動を阻止する)ことに適応しないということに注意しなければならない。たとえ帯と棒とが相互に熔接されているとしても、棒の縦方向から見た帯の狭い端部は、棒が応力を受けたときにはコンクリートを切るので、このような構造は何の役にも立たないものである。

(C)、更に引例明細書の第一三図から第一七図が、棒が比較的大きい距離(それぞれ圧縮区域及び引張区域において)を隔てて位置しているような拡大された構造物に関するものであることに鑑みると、鋼と帯との熔接は引証事項の思想即ち必要とされる場所において棒と帯から拡大された構造物を容易に組立てるという思想を葬り去るものである。

(D)、要約すれば本発明は次の特徴によつて引用例と明確に区別できるのである。

(1)、本発明は単一の棒状の補強要素に関するものであるが、引用例の第一三図ないし第一七図はかような要素を組合せた構造物に関するものである。

(2)、本発明によれば縦棒は高い降伏点を持つ鋼鉄からできているのに対し、引用例のものの棒は軟鋼からできている。

(3)、本発明によれば二本の平行棒は平坦な支え面を具えた固定片によつて互に熔接されているが、引用例の第一三図ないし第一七図によれば、二本或いはそれ以上の棒はその上に帯が緩く巻かれ、その帯は鋼棒からコンクリートへ、或いはその逆に軸方向の力を伝達することはできない。即ちコンクリートの中に埋設する時に棒をその位置に保持することはできるが、何等の固定効果を持たないのである。

(4)、本発明による互に熔接された棒の間の距離は、棒の間の空間の中にコンクリートの自由な入り込みを許すに丁度十分であるが、引用例に示された棒の間の距離は、一本の棒が引張区域にあり、他の棒が圧縮区域にある程非常に広いものである。

(5)、本発明による補強要素に関しては、縦棒と間隔片が高性能の熔接性をもつて互に熔接されるために縦棒と間隔片とは異る鋼鉄からできている。これらのすべての理由に対して、本発明の出願の主題(要旨)は引用例中には述べられていない。

(五)、本出願の主題に関する件は、オランダ、デンマーク、ノルウエイ、ニユージーランド、チリー等の諸国でその特許が許されている。実際において本出願の主題は、補強コンクリート分野における偉大な進歩を意味するもので、この偉大な進歩は世界中の特許許可によつて認められて来た。

然るに特許庁は、本件発明をもつて審決引用の特許第二六、九九〇号明細書に記載せられたコンクリート構造用の補強鉄筋と比較の上、本願発明はその出願前に右引用例のものが公知である以上、この引用例に基き敢えて発明力を要しないで当業者の容易に想倒できるところであるとするのであるが、この審決の誤つていることは上来説明せるところによつて洵に明かであつて、この審決は発明思想の究明を誤つた違法があり、取消を免れないものである。

(六)、なお「バイ・シユタール」という商標をつけて販売せられている本発明による一体型補強要素の場合には、鋼の許容応力は四、〇〇〇kg/cm2に達するものである。このことは、すなわち本発明による補強要素を使用する場合の全鋼量は、本発明以前に使用可能であつた最高級の補強要素に必要な鋼量(現在までにオーストリヤで実際に使用されて来た最高級の補強用鋼棒の場合の最大許容応力は二、四〇〇kg/cm2である。引用例に示されているような軟鋼からなる棒の場合は、その鋼の許容応力は二、〇〇〇kg/cm2よりもはるかに下廻るであろう。)に比べて、ほぼ半分の量まで減少させることができることを意味する。右から見ても、本発明の新規な特徴及びそれによつて得られる利点については引用例から推考し得ないことが明らかである。(乙第三号証の第七九図による異形棒は一〇、〇〇〇kg/cm2の降伏点をもつことは決してできないことであり、そしてコンクリート中においてバイスチールの許容応力に比較すべき応力を許すような良好な結着は決して得られないものである)。

五、なお原告は被告の答弁に対し、次の通り反論した。

(一)、被告は引用例のものは、一つの要素が圧縮区域に延び、他の要素が引張区域に延びるような使用方法を必要条件としているものではなく、このことは引用例の明細書中にそのような記載がないことを見ても明らかであると主張する。しかし引用例(甲第一四号証)の図面、特に第一三図ないし第一七図を見れば、桿と桿との距離は桿の太さに対しておよそ三倍位あつて、しかも四角形の各頂点に桿を配置している。このような桿を多数個しかも相当の距離を隔てて引張り区域のみの中、或いは圧縮区域の中のみに埋設することは鋼材の極めて不経済な使用方法であつて、適当でないと思われる。

(二)、被告は乙第一号証を提出して、補強構造的のものが単一要素的に使用される例として説明及び主張をしているが、原告は被告のこの主張を認めることはできない。乙第一号証の第一頁には「頂部と底部をつなぐ中央の肋材によつてガーダーと同じである」旨が記載してあり、これは第四図及び第七図のものを指すものと思われる。なおその他の個所にもガーダーなる字句が記載してある。そしてガーダーとは、例えば鉄橋や起動機或いは建築物の桁或いは梁、即ち構造物であつて、単一な棒状のものではなく、通常曲げ力を作用される部材である。そして曲げ力が作用すれば、その構造物の一側には引張り応力を生じ、他側には圧縮応力を生ずるものである。また乙第一号証中には柱の図面が多数示されているが、柱は圧縮力及び曲げ力を受けるものであり、曲げ力は柱の前後及び左右のいずれの方向からも作用することを予想して設計すべきものである。

また被告は乙第一号証の第一四図、第一五図及び第二六図は単一な補強要素的使い方であり、本発明と全く同じである旨主張するが、これは原告の了解し難いところである。第一四図及び第一五図は、コンクリートパイル或いは支柱としてあるが、これは第三〇図にnで示してあるものと類似のものと思われる。すると支柱は前後及び左右のいずれの方向からも曲げ力が作用することが予想される。そこで第一四図及び第一五図に示す補強鋼材は、例えば前後から曲げ力が作用すれば、左右にある補強鋼材はその一側が引張区域にあり、他側が圧縮区域にあることになり、また左右から曲げ力が作用すれば、前及び後にある補強鋼材は一側が引張区域にあり、他側が圧縮区域にあることになり、本発明とは全く異なつた構成といわなければならない。第二六図においても同様である。

(三)、原告が引用例(甲第一四号証)或いは乙第一号証について主張するのは、これらのものは一つの要素が引張区域にあり、他の要素が圧縮区域にあるように使用しているということであるが、その根底には、このような使用法をするためには、一つの要素と他の要素との間隔を相当大きくとらなければ有効な抵抗力を生じないという意味を含んでいるのである。単に一つの要素と他の要素、即ち二本の鋼材が引張区域のみの中、或いは圧縮区域のみの中にあるとかないとかだけの問題ではないのである。従つて引用例或いは乙第一号証(例えば第一五図)のものにおいて、たとえ一部の部材が引張区域のみの中にあつたとしても、それと同じ形状寸法の部材を引張区域と圧縮区域にまたがるような使用をして、しかも有効に曲げ力に耐えさせるようにすれば、この部材の二本の鋼棒或いは桿の間隔を相当広く(柱の太さに相応する程度に)とらなければならない。そして二本の鋼棒の間隔を広くとつて、両者を中間体で連結したものは構造的のものであつて、単一要素的なもの(一本の細い棒のようなもの)とはいえない。また構造物は自身で曲げに抵抗する力を十分に具えているが、単一要素的のものはそれ自身では曲げに対する抵抗力は極めて小さいのである。この意味で、引用例のもの或いは乙第一号証の第一四図、第一五図のものは二本の鋼棒の間隔が広いので、本願発明のもののように、二本の棒を近接させたもの(その間隔が棒の直径と同程度)とは異るのである。

(四)、一般に技術用語においては、単一補強要素(棒)と組立補強構造物とは注意深く区別されている。ここで単一補強要素における単一要素とは、比較的限られた断面積を有し、作り付けられた一つの要素は断面全体を通じて同じ応力(引張り又は圧縮)を受けている特徴を有するものであり、他方組立補強構造物、例えばガーダーとは、その組立要素が比較的広がつた断面積を有し、作り付けられた補強構造の断面の異る部分は異る応力を受けており、特に一部分は引張力を受け、他の一部分は圧縮応力を受けている特徴を有するものである。本発明による補強要素は前者即ち単一補強要素に属するものであり、引用例のもの及び乙第一号証のものは後者即ち組立補強構造物に属するものであつて、両者の間には確然たる区別がせられなければならない。

(五)、被告は、硬鋼が鉄筋コンクリートの補強鋼材として用いられることは技術的常識であると主張するが、原告はこの点は不知である。

(六)、被告は引用例においてコンクリートを切つてしまうような薄い補助鉄を使用するものでないことは容易に察知できると主張する。しかし引用例(甲第一四号証)の図面には「でるた桿」の断面に比べて極めて薄い断面の補助鉄だけが示されている。若しこの「でるた桿」の断面が相当厚いものであるならば、「でるた桿」の太さは棒という概念で表わされるような細いものではなく、太い柱という概念で表わすのが相当なものとなるであろう。そして厚さを厚くすることが全く設計の範囲だというのは、余りにも根拠が薄弱で、むしろ引用例のものは、その当時の技術において各種の点を考えて設計したものを図示したと考えるべきであろう。また、ある目的のために構造物の一部分を特に厚くして特別な作用効果を生ずることになれば、これは十分に発明としての価値を認めてよいものと考える。

引用例のものは、その明細書の記載中にもあるように、現場における施工を簡単にするためのもので、単に補助鉄を外方から巻付けると記載してあるので、この特許の出願当時、即ち大正初期の技術から考えてこの補助鉄は簡単に曲げられる程度の極めて薄いものと考えられる。それで補助鉄の厚さだけではコンクリートと強固な結着をすることができず、またコンクリートの押圧力を支えることができないので、面倒な手数をかけて針金の束を総状に取付けて、ようやくコンクリートとの結着を得たもので、設計として極めて幼稚なものであると見られる。本願発明のものでは針金の総などをつける必要はなく、それ自身でコンクリートとの間に十分な結着力を保つとともに、コンクリートの押圧力を支えることのできるものであつて、本願のものと引用例のものとは根本的に異るものである。

(七)、なお多数の鉄筋を互に連結している数個の平帯鉄の厚さがそれらの鉄筋の直径の僅か数分の一であることが引用例の図面からわかる。実際において、このような薄い平帯鉄は強い力を受けた場合には、コンクリートを切るであろう。引用例に記載してあるように、針金の束を平帯鉄(補助鉄)の孔に通した場合にも右と同じことがあてはまる。引用例に示されている平帯鉄は多部体構造型の多数の鉄筋を適正な位置に保持することだけを目的としているものであり、コンクリートから応力を受け取つてこれを鉄筋に伝える目的を少しももつていないのであるから、平帯鉄の厚さを増して、それらの平帯鉄によつて大きな応力を荷うことができるようにすることについては、引用例の記載からは何らの暗示も得られないのである。しかも、平帯鉄自体の厚さを増してもそれは何の役にも立たない。なぜなれば、それらの平帯鉄は鉄筋に対して一体的若くは強固に連結されておらず、従つて、それら部材間の相対的移動をなんら阻止し得ず、それ故に平帯鉄によつて力を受けそれを伝達することはできないからである。この種の帯鉄は十分な剛性をもち、長さの短かいものとしてその両端を強固に支持した時にのみ、即ち筋材と熔接した時にのみ、それらの帯鉄が応力を受け取つてこれを筋材に伝達することができるのであつて、これは当業者の何人にとつても明らかな事実である。しかし、このような特徴については引用例中には何ら記載されてはいない。

本発明による一体構造型の補強要素の引留め部材(2)(参考図第五図の固定片(12)に相当する部材)は、実際においてコンクリートを切るようなことはなく、またコンクリート中に斜め応力を発生させることのない状態において、高級の鋼棒に伝達すべき大きな力を担持することができるように、平らな支持面を備えていなければならない。またその引留め部材(2)は鋼棒(1)と鋼棒(1)との間で互に熔接されて鋼棒(1)と引留め部材(2)とが一つの一体的な要素を形成するようにしなければならない。このような条件下においてのみ、引留め部材がコンクリートから大きな力を受けとつてこれを鋼棒に伝えることができるのであり、このようにしてこそ、降伏点の大きな鋼を鋼棒として経済的に使用する場合に必要な条件を充すことができるのである。

(八)、被告は本願のものの棒間の距離と引用例のものの「でるた桿」の間の距離との差は寸法の大小にすぎず、設計的微差であるという。しかし二本の鋼棒の間の距離が広いか狭いかが単なる寸法上の大小にすぎなければ設計的微差といえようが、前記のように引用例のものは一本の棒が引張区域にあり、他の一本の棒が圧縮区域にあると考えられる理由が十分にあるので、本発明のように二本の棒が同一区域にあるものとはその作用が根本的に異なるものである。なお本願のものにあつては鋼棒(1)と鋼棒(1)との間隔は、鋼棒間の区域内へコンクリートが何ら妨げられることなく入り込み得るようにするのに必要な距離より大きくてはならない。なぜならば、若しそうでないと、引留め部材(2)は大きな力を受けたときに彎曲して、それらの力を鋼棒(1)に伝えることができないからである。このような間隔を小さく選定することは設計上の微差とみなされるべきではない。なぜならば、引用例による多部分型の構造物中における鋼棒をそのような小間隔に配置することは合理的でないからである。

(九)、以上の説明で明らかなように、引用例は二本の長い棒からなる一体的な補強要素を何ら記載しておらず、ただ多数の単一棒部材と、それらの単一棒部材から組立てられた多部分構造体だけを示しているにすぎないから、本発明の本質的な特徴は何ら引用例には記載せられていない。

引用例は降伏点の高い鋼からなる二本の鋼棒を有する一つの一体的な補強要素を記載しておらず、ただ軟鋼からなる多数の単一の鋼棒だけを記載しているにすぎない。また引用例は鋼棒と鋼棒との間にコンクリートが何ら妨げられることなく入り込み得る程度においてのみ離隔された間隔をもつて、互に他に対して平行に配列された二本の鋼棒を有する一つの一体的補強要素を記載しておらず、著しく大きい距離をもつて配列された多数の鋼棒からなる多部分構造体だけを示しているのであり、従つて、それらの鋼棒は現場において平常鉄または補助鉄を使用して一つの複合型の構造体を組立てるようにしたものにすぎない。

更に引用例は一つの強固な一体的単位構造体を形成するように、二本の並列配置の長い鋼棒の間に離隔片を相互に熔接した一つの補強要素を記載しておらず、ただ平帯鉄または補助鉄によつて一つの多部分構造体に弛く組合わされた多数の単一の鋼棒を示しているにすぎない。

更にまた引用例は長い鋼棒の軸線に対して直角方向に平らになつている面を有し、周囲のコンクリートに対する支持手段を形成し、結着手段としての作用を営み得るようにした離隔片について何ら記載しておらず、ただ結着に対して不適当である巾の狭い縁部を有する平帯鉄を示しているにすぎない。

なおここで強調しておかなければならないことは、前記したすべての特徴事項は、コンクリートに対する補強要素として、降伏点の高い鋼の利点を利用するためには、本発明による新規な一体的補強要素を組合せて実施しなければならないことであつて、本発明によつて達成された著しい改良は、さきに説明した通り、本発明による一体型補強要素の場合には、鋼の許容応力が四、〇〇〇kg/cm2に達することがこれを十分に示しているものと考える。

第三、答弁

被告指定代理人は事実上の答弁として次の通り述べた。

一、原告主張の一ないし三の事実はこれを認める。但し、特許庁における手続中、抗告審判において原査定を検討した結果、新たに原告に対し拒絶理由を開示し、これに対し原告から意見書が提出せられたが、さきの拒絶理由を変更する必要を認めなかつたので、原告主張のような抗告審決をするに至つたものである。

二、原告は、本願発明は引用例のものより容易にできるものでなく、本件審決は発明思想の究明を誤つた違法があると主張し、その理由として種々の主張をするのであるが、審決には発明思想の究明に誤りがあつたとも思わないし、引用例に示された公知事実から本願のものは当業者が発明力を要しないで容易に想倒できるところであり、審決には何らの違法もないと信ずるので、原告の右主張については次の理由をもつて争う。

(一)、原告は引用例のものは、本発明の要旨としてその特許請求の範囲に記載した具体的な構成を示しておらず、また取り扱つてもいないという。しかし、審決にも明示したように、審決は決して本発明を引用例のものと同一視したものではなく、引用例のものに審決中に相違点として挙げた点が附加せられたものと見ているのであつて、そしてその相違点には発明を構成するに足るものを認めることができないので、結局引用例のものに基ずき発明力を要しないで当業者が容易に想倒できるものと認めたものである。従つて、引用例のものが本願の特許請求範囲に記載した具体的構成のある部分については示していないことは十分これを承知している。しかし、そのような部分については審決中に余さずそれに対する判断を明らかしにた通りであつて、審決が本願発明の発明思想の究明を誤つたものでは決してない。

(二)、原告は、引用特許明細書の第四図から第六図までに示されたものにおいて、棒に孔を設けこれにコンクリートが入り込むことを審決が重視し、この点をも本願拒絶の重要拠点としているかのような主張をする。しかし審決が本願発明と引用例との両者一致する構想として取り上げているのは、二本の棒材であり、その棒材は引用例の第一図に示すむくの棒材であれば足るのであるから、原告の右主張は筋違いであつて、孔を有する棒の欠点をいくら述べても、本件における公知事実の存否には何らの影響を与えるものではない。ただ、鉄筋コンクリート鋼材に孔部を設け、これにコンクリートが侵入することにより接着力を大にする構想が既に引用例中に明らかにされている点は注目すべきで、本発明はこの構想に多少の設計的考案を附加した程度のものにすぎないものともいえることを附言する。

(三)、原告はまた引用例における帯は、その帯の狭い端部は棒が応力を受けたときにはコンクリートを切り、役に立たないことを主張しているが、引用例のものの帯は補助鉄であり、コンクリートと結合させるものであることは、引用特許明細書の第二頁終りより三行目以下に「従来コンクリート用鉄筋において補助鉄とコンクリートとの結合力を増大せしむる特別の方法なかりしも、本発明においてはこれに孔を設け、針金の束を通しこれを結着し、その両端を総状となしてコンクリートの結着を確実ならしめたり」との記載があることから見ても明らかであつて、コンクリートを切つてしまうような、いうなれば補助鉄の役をしないような薄いものはこれを使用しないものであることは容易に察知できるところであり、引用例のものは一層その結着力を増すために、針金の総をつけたまでである。従つて原告主張のように、この帯の厚さが薄く、コンクリートとの結着が不十分ならば、その厚さを厚くするようなことは全く設計の範囲を出ないものというべきであり、その場合この帯は、本願の特許請求の範囲に記載された「横の空間片即ち縦棒の軸に対し正常なる平面即ち周囲のコンクリートの支えとなり且つ固定手段となる平面を有する該空間片」と何ら選ぶところがなくなる。してみれば、空間片との側面の広狭による相違は全く設計的微差というべきもので、審決説示の通り判断することこそ、技術的にも合理的であることが明らかである。

(四)、原告が、若し引用例のものは一つの要素が圧縮区域に延び、他の要素が引張区域に延びるような状態で使用されるものであるように判断しているとすれば、これは誤りである。引用例はそのような使用方法を必要条件としているものでないことは明細書中そのような記載がないことを見ても明らかである。もつとも、引用例中第一三図、第一五図及び第一六図に示されたもののみを梁一ぱいに使用した場合には、原告主張の場合の生ずることは考えられるが(本願のものと雖もそのように使用したときは同じ状態が現出する。)、このような図面があるからといつて、原告主張のような使用方法しかないとするのは速断である。原告のいわゆる補強構造的なものが、単一要素的に使用されることもあるし、この逆の場合もある。例えば、本願や引用例とその構成が同じような鉄筋コンクリート補強材の一例である、本願出願前公知の英国特許第一〇、九二四号明細書(西暦一、九〇七年、乙第一号証)所載のものを見れば、その第二二図においては、この補強材は一つの要素を圧縮区域に他の要素を引張区域においているが、第一四図、第一五図、第二六図に示すように、原告のいう単一な補強要素的使い方もあり、この場合には本願と全く同じである(乙第一号証の第一四図、第一五図に示す補強鋼材は、例えば前後から曲げ力が作用すれば左右にある補強鋼材は原告主張の通りになるが、前後にある鋼材は圧縮か引張かの何れか一方の力しか受けず、それは本願発明の単一要素的に使われた場合と少しも変りはない。第二六図についても同様である)。

(五)、引用例のものは長桿と補助鉄とを結合させたもの(原告が構造物と見ているもの)をコンクリート用補強鉄筋と見ていることは、その請求の範囲の第三項で明らかである。

また仮りに引用例のものは単一の補強要素でなく、いわゆる構造物と見ても、構造物の構成要素を単一体の要素に使用する場合のあることは右に見た通りであるから、引用例のもので示すように「コンクリートが自由に入り込めるような十分な間隔をおいて互に平行する比較的高度の産出度の鋼鉄よりなる二本の縦棒と、これらの棒の間に亘つて所々に各縦棒に移動しないように定着された空間片を設けたコンクリート構造用の補強鉄筋」が公知である以上、本願発明はこれより発明力を要しないで当業者の容易に設計工夫できるところと認められる。

(六)、原告は本発明のものの棒間の距離はその間にコンクリートの自由なはいり込みを許すのに丁度十分であるが、引用例のものにおいては、それが広いと主張する。しかしこれは全く寸法の大小にすぎないものであるから設計的微差と認める。

(七)、原告は、本願発明はその要素として、その縦棒は特に冷間線引され、高い降伏点を持つ二本の平行棒からなり、横間隔片即ち固定片は軟質の鋼鉄で作られていて、両者は良好な熔接性能を持つと主張する。しかし原告は審判手続における再度の特許請求範囲の訂正においても、右の点を本願発明の要旨の一部として取り扱つていないものである。従つてこれを要旨と認めなかつた審決には何らの違法もない。

仮りに本願発明のものの縦棒が冷間線引によつて製造せられ、高い降伏点をもつものであることをもつてその要旨とするものであるとみるとしても、鉄筋コンクリートの筋材としては、軟鋼、中鋼、硬鋼が必要に応じ選択的に用いられるもの(このことは当該部門の技術常識である。)で、例えば硬鋼を用いたときは、抗張力の大きな、換言すれば降伏点の高い鋼材が用いられたこととなる。またこのような鋼材、例えば線材鋼に、大きな抗張力を与える方法として低温加工が採用され、冷間線引などが行われることもまた敢て挙証するまでもなく技術常識であるので、これらの点には発明の存在は認められない。

(八)、なお原告は本願特許請求の範囲の記載に二、三不適当な表現があるとして、その説明を加えている。しかし本願最終の訂正にかかる特許請求範囲中のいずれの表現も、原告が本訴で説明する通りに訂正されない限り、右説明通りの意味のものとは汲みとれないものである。殊に原告はその最終訂正書で「高度の産出度」という字句を使つたが、これを審決が「高い降伏点を持つ」という意味にとらなかつたことを誤りであるかのように主張する。しかし、「高度の産出度」という表現は、もともと抗告審判で改めて示した拒絶理由に対し原告が提出した意見書中で「本発明をもつと適確に特徴ずけるために、本処理段階には必要且つ認容されるものでありますならば、明細書の記載の特許請求の範囲を次のように変えさせて戴きます」といつて訂正して来たものである。「高い降伏点を持つ」とすべきを「高度の産出度」と表現したとき、その表現が要旨変更でもなく、また技術的に疑問もなければ、それを出願人が権利内容として欲する点と見て、その内容に関し審理するものが当然の審理態度ではなかろうか。コンクリート筋材は、強度の点で問題がなければ、工費その他の点から「産出度の高い」即ち普通に、容易に且つ多く手に入る鋼材を使用するのが常識であるから、原告の右訂正については技術的な疑問は起らなかつた。審決は原告の意見書の主張を十分尊重し、本発明の要旨を違法でない範囲において寧ろ原告の満足のゆくように把握すべく努力したつもりであり、発明要旨の本質的なところは十分把握しているものと信ずる。

(九)、以上の通りであつて、本願発明の要旨に関することで引用例中に明らかに述べられているものもあり、また述べられていないものについては審決において十分にその判断が示されており、その判断は妥当である。結局、本願発明の構想と引用例のものに示されているものとの間には、本願が発明を構成すると認められる相違点はなく、引用例に示されている公知の事実から当業者の容易に想倒できるものと認められ、本願特許の登録を拒否した本件審決には何らの違法はない。

(十)、なお原告は本願のものの鋼の許容応力は四、〇〇〇kg/cm2に達するという。この数字が低いものとは決して思わないが、一般に簡単な形の特殊鉄筋(異形鉄筋)でも、その降伏点が増すものを多く見かけるし、硬鋼の降伏点は一〇、〇〇〇kg/cm2のものも存在するので、この場合静荷重の安全率を普通数値の三をとれば、その許容応力は三、〇〇〇kg/cm2を上廻ることになるから、これらのことを勘案すれば、決して驚くほどのものではない。いうなれば異形筋に軟鋼の代りに硬鋼を使用した場合の当然の効果を述べているのと選ぶところがない。従つてこの数値より本願が発明を構成するものとする原告の所論もまたにわかに納得することはできない。

(十一)、鉄筋コンクリート用の鉄筋の中には、コンクリートとの附着を良好ならしめる目的のものに異形鉄筋(特殊鉄筋)があり、この異形鉄筋の中には、原告が参考図で示したものから、被告が乙第一号証で示したものや、原告のいわゆる構造的なものまで入るのであつて、原告の本願発明のものも、実は異形鉄筋に、筋材とこれに直角方向に設けられた補助鉄とよりなる、鉄筋構造として最も素朴で、最も基本的な形として知られた姿を単に採り入れたにすぎないものである。そして、引用例のものが鉄筋という以上、その便用方法は種々あり、単に一側を引張り側に、他側を圧縮側に使うものと狭く解釈するのは妥当でないと確信する。

(十二)、また補強部材の結着作用が強いか弱いかということは、結局比較的の問題で、仮りに引用例におけるものが弱いとしても、これを強固にすることは設計的工夫の範囲を出ないものである。

(十三)、原告は、コンクリートが何ら妨げられることなく入り込むが、必要距離より大きくなくした点に発明の存在を主張するが、一般に間隔が広くなると、その間に掛け渡した部材が彎曲し易くなり、特にその部材が力を受けるものであれば、その傾向は一層強いことは日常当面する現象で、そのような場合、その部材を丈夫のものにするか、間隔を狭くしても差支えないものなら狭くすることに、創意と称する程のものの必要でないことは、経験則に照して明らかで、全く設計的なものにすぎないものである。

三、原告はなお本願発明は各国において特許せられているという。しかし、世界各国において全く同一の特許制度が施行されており、しかも技術水準も全く同一というならとにかく、それらにそれぞれの相違があり、更に我が国においては、考案というものより更に技術的に高度の位置で発明というものを取り扱う制度となつているのであつて、従つて、例えばかような区別のない外国で特許されたものが我が国で特許されないことがあつても何らの不思議もない。また固より外国で特許せられたものが、我が国で特許を許されなかつたからといつて、これが本件審決の違法理由となるものでないことはいうをまたない。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、特許庁における手続経過、本願発明の要旨、審決理由等に関する原告主張の一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二、右争いない事実と成立に争いのない甲第一〇号証の一、二とによれば、原告は本願発明における出願において、その特許請求の範囲を、昭和三三年一一月一三日附の訂正書をもつて「棒の間の空間へコンクリートの自由なる入り込みを許すべく充分な距離に於て互に平行して配置された比較的高度の産出度の鋼鉄より成る二本の縦棒及び該棒の間の距離を超えて所々に該二本の縦棒の中間並びに、その縦棒に対し正常に取り付けられた横の空間片、即ち縦棒の軸に対し正常なる平面、即ち周囲のコンクリートの支えとなり且つ固定手段となる平面を有する該空間片を特徴とする結合されたる補強コンクリート構造用の補強鋼棒」と訂正し、これをもつて本願発明の要旨としているものであることが認められる。

ところで原告は、右特許請求範囲の記載は、文章の表現に多少不適当なところがあり、「比較的高度の産出度の鋼鉄」とあるのは、「比較的高い降伏点を持つ鋼鉄」の意に解すべきであり、また「該棒の間の距離を超えて」とあるのは、「相隣れる横の固定片の距離が、二本の縦棒間の距離よりも大きい」という意味に、「正常に」及び「正常なる」というのは「直交して」及び「直交する」の意味に解すべき旨主張する。そして成立に争いのない甲第二号証の図面、同第七、八号証の各一、二、第一五号証を総合すれば、右特許請求範囲の記載における「比較的高度の産出度の鋼鉄」との表現は、その表現自体必ずしも意味不明のものとも解せられないところであるが、明細書におけるその他の部分の記載においては、本願発明における二本の鋼棒の品質ないし性格について、右請求範囲記載のような表現のせられている部分は皆無であり、右表現に相当するものとしては、随所に「高弾性限界」ないし「高い弾性限界」の鋼材、棒材等の語が使用せられていることから見て、請求範囲における右の表現は、「高い弾性限界をもつ鋼鉄」、あるいはこれと実質的に同じ意味を表わすものと認められる「比較的高い降伏点をもつ鋼鉄」と記載すべきを、誤記(ないしは誤訳)によつて右のような記載となつたものと認めるのが相当であり、また「該棒の間の距離を超えて」とある部分及び「正常に」または「正常なる」とある部分も、明細書の全体及び図面から見て、これをいずれも原告主張の通りの意味のものと解するのが相当である。従つて、原告の本願発明の要旨は、これを正確に表現すれば、「棒の間の空間へ、コンクリートの自由なる入り込みを許すべく、充分な距離に於て互に平行して配置された比較的高い降伏点をもつ鋼鉄より成る二本の縦棒、及びこの二本の縦棒間の距離よりも大きい距離をもつて、所々に該二本の縦棒の中間にその縦棒に対して直交して取り付けられた横の空間片、即ち縦棒の軸に対し直交する平面、即ち周囲のコンクリートの支えとなり、且つ固定手段となる平面を有する該空間片を特徴とする、結合された補強コンクリート構造用の補強鋼棒」にあるものと認められ、また審決においてもかく認定するのを相当とするものであるから、右に反する被告の主張はこれを採用することはできない。

三、そして前示甲第七号証の二によれば、本願発明の目的、作用及び効果につき「本発明は、間隔をおいて配置せられ、コンクリート内の引留めとして作用する、引留め部材を有する、鉄筋コンクリートに対する補強要素を得るという課題をその基本とするもので、これによればこの引留め体は、従前既知のこの種鉄筋コンクリートに対する補強要素のもつ欠点を除去し、コンクリート内の所望の裂け目の巾と所望の裂け目間隔に適合する高い許容鋼材張力を得る目的における、例えば四、〇〇〇kg/cm2の高弾性限界が、よりよい附着力と同時に結びつけられたこの両特性を経済的に達することができるもので、これは本発明により高い弾性限界を持つた二つの縦の棒体間に、引留め体が横方向連結桿として熔接せられることによつて達せられる。」旨説明せられていることが認められる。

四、また前記争いのない事実に成立に争いのない甲第一四号証を総合すれば、審決引用の特許第二六、九九〇号は、大正三年五月二八日に出願せられ、同年一二月一一日に登録せられたものであり、その明細書(図面を含む)には「でるた桿孔帯鉄筋」と題する発明が開示せられ、その構成に関して「軟鋼で製作し、断面が三角形で、間隔をおいて互いに平行して配置した桿の全長に亘り、これらの桿の間隔より少し大きい間隔をおいて環状隆起を設け、これらの環状隆起に沿わせて、補助鉄である孔帯をこれらの桿に直交して巻きつけ、環状突起間の間隔、従つて、補助鉄である孔帯間の間隔が桿の間隔より少し大きい間隔であり、必要の場合は孔帯と桿とを孔帯の孔を通ずる針金で結着する」趣旨の記載があり、その目的及び作用効果に関しては、「補助鉄である孔帯の移動をふせぎ、同時にその位置を正確ならしめ、かつ現場における施工を簡単ならしめ、かつまた補助鉄である孔帯とコンクリートとの結着を確実ならしめ、孔帯を桿へ結着する場合、針金でくくれば孔帯は桿の環状突起と相俟つて移動することがない」旨が記載せられていることが認められる。

五、そこで本願発明が審決説示のように、右引用例から発明力を要しないで当業者が容易に想倒できる程度のものであるか否かについて検討する。

本願発明(前者)と引用例(後者)とは、前者における「棒の間の空間へコンクリートの自由なる入り込みを許すべく、充分な距離において互に平行して配置された鋼鉄より成る二本の縦棒」は、後者における「鋼で製作し、間隔をおいて(この間隔が、桿と桿との間の空間へコンクリートの自由な入り込みを許すべく充分な距離を保つたものであることは、前認定の後者の構成及び作用効果からみて明らかである。)互に平行して配置した桿」に相当し、前者における「該棒の間の距離より大きい距離をもつて、所々に該二本の縦棒の中間にその縦棒に対して直交して取り付けられた横の空間片、即ち縦棒の軸に対し直交する平面、即ち周囲のコンクリートの支えとなり、且つ固定手段となる平面を有する該空間片」は、後者における「桿の間隔より少し大きい間隔をおいて桿に直交して巻きつけた補助鉄である孔帯」に相当するものと認められる。

しかし右両者間においては、(1)前者における互に平行して配置せられた二本の縦棒は「比較的高度の降伏点をもつ鋼鉄」で成つているのに対し、後者における互に平行して配置した桿は「軟鋼」で製作せられたものである差があり、また(2)前者における縦棒に直交して取り付けられた横の空間片は平面、即ち或る程度の巾をもつた平面的構造のものであるのに対し、後者の桿に直交して巻きつけられた補助鉄である孔帯は、桿に巻きつける帯として構成せられている関係から見て、比較的その巾は狭いものと考えられ、従つて両者は、一応右二点において差異があるものと認められる。

そこで右二点の差異及びこれから生ずる作用効果上の差異の点について考えてみるのに、

(1)、比較的高度の降伏点をもつ鋼鉄と軟鋼との間に、鉄筋コンクリート用補強鋼材の材料として、その間に差異のあることはいうをまたないところであるが、成立に争いのない乙第二号証(土木工学ポケツトブツク、昭和一一年九月一八日初版、昭和一三年六月二〇日第一一版発行)には、鉄筋コンクリートの鉄筋用としては、炭素の含有の少い軟鋼及び中鋼が普通に使用せられ、大陸では軟鋼、英米では中鋼又は構造鋼が使用せられるが、米国では炭素の多い硬鋼の使用もまた盛んであり、漸時欧州に波及せんとしつつある旨が記載せられており、本件特許出願についての優先権の主張日である昭和二七年ないし昭和二八年の当時における技術水準をもつてすれば、鉄筋コンクリートの筋材として、比較的高い降伏点をもつ鋼鉄が使用せられることは、当該部門の当業者の技術常識に属するものと認められるところであつて、軟鋼を硬鋼に代えたところに特許性を認め難いことはいうをまたないところであるとともに、本願のものにおける鋼の許容応力は四、〇〇〇kg/cm2に達するというが、かような効果は硬鋼を使用したことによる当然の効果ともいうべきものであるから、硬鋼の使用自体が既に当業者の常識と認められる以上、右のような効果があるからといつて、これによつて特許性が生ずるものということのできないことも、またいうをまたない。

なお原告は、硬鋼を材料とする場合、鋼とコンクリートとの結着をよくするためには、特別の措置を構ずる必要があり本願発明は、これがために縦棒に対して直角に取り付けられた相当の平面を有する横の固定片を設け、しかもその固定片はその両端において鋼棒に熔接され強固な橋を形成するもので、この熔接接合を達成するためには、固定片は縦棒よりも軟質の鋼鉄を使用するもので、これらの特徴によつて本願のものは、従来知られている最良の補強要素よりも極めて良好にコンクリート中における結着を確保し得るようにした新規な補強要素である旨を強調する。しかし固定片の巾ないし広さの点は次に説明する通りであるし、固定片の材質を縦棒のものより軟質のものとすること、及び縦棒と固定片とを熔接によつて接合することは、原告が本件出願において、その特許請求の範囲中にはこれを記載していないところであるばかりでなく、右程度のことは、本件特許出願の優先権主張日当時の技術水準からいつて、当業者の容易に推考し得る程度のことと考えるの外はなく、本願発明が前記の構成及び作用効果によつて鋼材の使用を経済的にし得る等原告主張の諸種の効果を考慮に入れてこれを考えても、引用例のものにおける軟鋼を硬鋼に代えた点に、本願発明の特許性を認むべき根拠はこれを認め難い。

(2)、次に本願のものの横の空間片と引用例のものの孔帯との巾の相違について考えてみよう。原告はこの点について、その請求原因四の(四)の(B)、同(D)の(3)及び五の(六)、(七)において種々の主張をしている。そして原告も主張する通り、引用例のものは、現場における施行を簡単にすることをも考えており、補助鉄を外方から巻付けるものとせられていて、この特許の当願当時、即ち大正初期の技術から考えれば、この補助鉄は簡単に曲げられる程度の厚さのものを考えており、引用例そのものが、相当の厚さを持つた補助鉄を考えてのものとは到底これを解し難い。従つて、この補助鉄だけでは、これがコンクリートを切る可能性のあることもまた原告主張の通りであろう。しかし前示甲第一四号証によれば、右引用明細書の発明の詳細なる説明の中には「補助鉄たる孔帯は平帯鉄に孔を穿ちたるものにして、この孔は主としてこれに針金の束を貫き、これを結着し、その両端を総状となしてコンクリート中に埋むれば、孔帯とコンクリートとの結合を確実ならしむるに利用せらるる外、孔帯をでるた桿へ結着する場合、この孔を通ずる針金にてしばれば、孔帯はでるた桿の環状隆起と相俟つて移動することなきの利あり、従来コンクリート用鉄筋において、補助鉄とコンクリートの結合力を増大せしむる特別の方法なかりしも、本発明においては、これに孔を設け、針金の束を通し、これを結着し、その両端を総状となしてコンクリートとの結合を確実ならしめたり。」との記載があることが認められるのであつて、この記載からすれば、引例における補助鉄においても、それとコンクリートとの結合を確実にすることを考慮しており、なお補助鉄と縦棒たるでるた桿との移動防止(固着手段)をもまた十分これを考慮しているものであることが窺われ、審決もいう通り、引用例における補助鉄も、縦棒をコンクリート中に固定しようとする作用効果を有するものであり、コンクリートからの応力を鉄筋に伝える目的と作用効果とをも考えてのものと認めるのが相当であろう。従つて、引用例における補助鉄の巾が本願のものにおける空間片に比し相当に狭いものであり、また、この補助鉄だけではコンクリートを切る可能性がないではないことも前記の通りではあるが、引用例もまた、間隔をおいて配置せられ、コンクリート内の引留めとして作用する、引留め部材を有する、鉄筋コンクリートに対する補強要素を得るという課題の解決を目的としたものであることは明らかであつて、右の引用例から当業者が如何なるものを推考し、またその推考が容易であるか否かは、該引用発明のせられた当時の技術水準を基準としてこれを決すべきものではなく、後の発明のせられた、更に正確にいうならば本件特許出願について優先権の主張せられる一九五二年四月二五日当時の技術水準に照らして、その技術水準からすれば、当該発明が果して右の引用例から発明力を要せずして容易に推考できるか否かによりこれを決すべきこともまたいうをまたないところであるから、右の見地に立つてこれを見る場合においては、前記の引用例中に、既に、コンクリートとの結合を確実にする補助鉄の開示があり、しかもその補助鉄と縦棒たるでるた桿との固着手段の考慮をも示した鉄筋コンクリート用補強鋼材の開示がせられている以上、本件出願の優先権主張日当時の技術水準をもつてすれば、右補助鉄に相当の巾を与えてコンクリートとの固着を強固にするほどのことは、当業者にとつて敢て発明力を要するほどのものとは解し難い。

以上の通りであるから、結局本願発明は、これを原告主張通りのものと認めるとしても、審決引用の特許第二六、九九〇号明細書記載の発明が既に公知である以上、右公知例から当業者が敢て発明力を要しないで容易に想到できるものと認めるの外はなく、本件審決の説示は、右と多少その趣を異にする点がないではないが、その結論においては相当であり、その取消を求める原告の本訴請求は結局これを排斥するの外はない。

六、(一)、なお原告は、審決が前記引用例を引用した趣旨につき、引用特許明細書の第四図から第六図に示されたような中空でるた桿に孔を設け、この孔の中にコンクリートが入り込むようにして桿とコンクリートとの固定を計ろうとした部分をも引用しているかのような前提に立つての主張をしている。しかし審決の趣旨が右において原告が前提とするような趣旨のものでないことは成立に争いのない甲第一二号証(審決書謄本)と本件口頭弁論の全趣旨から見て明らかなところであるから、右原告の主張の採用できないことは最早説明の要がない。

(二)、原告はまた、引用例のものは、本願発明の要旨としてその特許請求の範囲に記載した具体的な構成を示しておらず、また取り扱つてもいないと主張する。そして引用例のものが、本願のものと全然同一の構成のものを示したものでないことは前に認定したところから見ても明らかではあるが、両者が同一課題の解決を志してのものであることは前記する通りであり、引用例のものから、本願のものが発明力を要せずして当業者の容易に想到し得る程度のものと認めるの外のないことが前記の通りである以上、右構成の相違の故に、本願発明の特許性を認めなければならないものでないことは、またいうをまたないところである。

(三)、また原告は、引用例のものは、棒を適正な位置に保持する帯によつてそれらの棒を結合するという問題を取扱つているのであり、この目的のために各々の棒には帯が棒に対して移動することを防止するための数多の環状突出部を具えており、この帯は棒の周りを緩く巻き、棒の軸方向の移動に対して固定する(棒の軸方向の移動を阻止する)ことに適応しないということに注意することを要し、たとえ帯と棒とが熔接されているとしても、棒の縦方向から見た帯の狭い端部は棒が応力を受けたときにはコンクリートを切るので、この構造は何の役にも立たないと主張する。しかし既に認定したように、引用例のものにおける補助鉄である孔帯は、各桿の環状隆起に沿わせて各桿に巻きつけることによつてその移動をふせぎ、かつその位置を正確ならしめ、かつまた孔帯とコンクリートとの結着を確実ならしめたものであり(必要な場合に孔帯と桿とを結着する針金は、孔帯とコンクリートとの結着を一層確実にするためのものであるから、針金を結着しない場合も、孔帯とコンクリートとの結着が確実でないとはいえないであろう。)、孔帯は桿の軸に直交する或る程度の平面をもつているものであるから、その厚さの大小にかかわらず、補助鉄である孔帯は桿の軸方向の移動に対して、桿を固定する作用を営むものであることは否定し得ないところであるとともに、その厚さの大小の点は、当業者が必要に応じてこれを変更し得る程度の設計的範囲のものと解するの外はないこと前記の通りであるから、この原告の主張もまたこれを採用することはできない。

(四)、また原告は、引用明細書の第一三図から第一七図が、棒が比較的大きな距離(それぞれ圧縮区域及び引張区域において)を距てて位置しているような拡大された構造物に関するものであることに鑑みると、棒と帯との熔接は引証事項の思想、即ち必要とされる場所において棒と帯から拡大された構造物を容易に組立てるという思想を葬り去るものであるといい、また、引用明細書の第一三図から第一七図を見れば、桿と桿との距離は、桿の太さに対しておよそ三倍位あつて、しかも四角形の各頂点に桿を配置していて、このような桿を多数個しかも相当の距離を隔てて引張区域のみの中、或いは圧縮区域のみの中に埋設することは、鋼材の極めて不経済な使用方法で適当でないと主張する。しかし、引用例のものにおける桿は、その一方のものが圧縮区域に、他方のものが引張区域にそれぞれ位置するようなもの、即ち原告のいわゆる構造物である旨の記載は、その明細書中に何ら存しないところであるから、引用例の鉄筋を引張区域のみの中、或いは圧縮区域のみの中に埋設して用いることは、そこに多少不経済な点があるとしても、何ら妨げのないものであると認められるところであるから、原告の右主張もまたこれを採用し難いところであり、なお原告は、本願のものと引用例のものとの間では、棒間の距離に大きな差があるとも主張するのであるが、引用例のものの使用方法として、右のような使用が考えられる以上、棒間の距離の如何の如きは、当業者が必要に応じて変更し得る設計的な差異にすぎず、この原告の主張もまた採用の限りではない。

(五)、また原告は、本願発明のものは、棒が冷間線引きされたものであり、縦棒と固定片とが熔接されたもので、それが高性能の熔接性をもつて互に熔接されるために縦棒と固定片とは異る鋼鉄からできており、なお縦棒間の距離がその間の空間にコンクリートの自由な入り込みを許すに丁度充分なものである旨主張するが、本願特許の特許請求範囲には、右原告主張のような記載はせられていないのであるから、本願特許をもつて右のような限定をもつたものであることを前提とする原告の主張は、到底これを容れるに由がないものである。

(六)、なお原告は、本願発明については、オランダその他の国においても特許せられているのに、わが国特許庁のみがその特許登録を許さないことは不当であるかのような主張をするが、本願発明がわが国においてその特許登録を許すべきや否やは、わが法制及び技術水準から考慮してこれを決するの外はないことであり、たとえ本願発明が他国においてその特許登録を許されたとしても、わが法制及び技術水準から見て、わが国においてはその登録が許されないものと判断せられる以上、これを拒絶せられることは固より当然のことというの外はない。

七、以上の通りであるから、原告の本願発明をもつて、旧特許法第一条に規定する特許要件を具備しないものとした本件審決は、その余の争点についての判断をするまでもなく、結局相当であつて、その取消を求める原告の本訴請求は失当である。

そこで、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条、上訴の附加期間につき同法第一五八条第二項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

別紙(参考図)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例